第2回共産党宣言の学習 共産党宣言 共産主義の原理 マルクス=エンゲルス著
マルクス・エンゲルス研究所訳 国民文庫=大月書店
共産党宣言の学習を始めたのは、2021年5月ということです。これまで何度か学習はしているので、その間には中断することも多いです。
最初読み始めたときから、数十年が経過しています。内容は歴史的にふるいところはあるので、それなりに読み進めることも大切です。
共産党宣言
共産党宣言
一八七二年のドィッ語版序文
国際的な労働者組織であった「共産主義者同盟」は、当時の事情では、もちろん秘密組織とな る嬢かはなかったが、一入四七年十」月にロンドンでひらかれた大会で、公表を目的とした、く わしい、理論的でまた実践的な党綱領の起草を、私たちに一任した。
とうしてできたのがこの『宣 言』であるが、その原稿は、フランス二月革命の数週聞まえに、印刷のためロンドンにおくられ た。
それは、最初ドィッ語で発表され、同じととばでドイッ、イギリスおよびアメリカで、すく なくとも十二種のちがった版として印刷された。英語では、最初一入五〇年にロンドンで、ヘレ ソ・マクプァーvン嬢の翻訳が『レッド・リパプリカン』誌上にのり、ついで一八七一年にはア メりカで、すくなくとも三種の翻訳が出た。
フラソス語では、最初一入四入年の六月暴動の直前 にパリで出版され、最近では、ニューョークの『ソシアリスト』誌上にのった。もうーつ新しい 翻訳も準備中である。ボーランド語訳は、ドイッ語の初版の直後にロンドンで出版された。
ロシア語訳は、一八六0年代にジュネーヴで出された。デンマーク語には、やはりこれが発表されてからまもなく翻訳された。
最近の二五年間に情勢がどんなにひどくかわったにしても、この『宣言』のなかに述べられている一般的諸原則は だいたいにおいて、今日もなお完全な正しさを持っている。
細部の 点ではところどころあらためなければならな、いところがあり。これらの原則の実際の運用は、『宣言』自身がいっているように、どこでも、またいつでも歴史上の当面する情勢によるのであろう。
だから、第二章の終りに提案してい る革命的処方作には、大した重さをおいていない。
この箇所は、今日書くとすれば、多くの点で違ったものになるであろう。
最近二五年間 における大工業の巨大な進歩ゃ、それにともなつて進展しつつある労働者階級の党組織からみればまた最初は二月革命の、つぎ それ以上に、はじめてプロレタリアートが二ヶ月間政治権力にぎった実際の経験に照らしてみれば、この綱領は、今日ではところどころ時代遅れになっている。
とくにュンミューンは、「労働者階級は、できあいの国家機関をたんにその手ににぎり、それを自分自身の目的のためにつかうことはできない」(『フランスにおける内乱、国際労働者協会総務委員会の宣言』、ドイツ語版一九ページを見よ、そこではこの点がさらに展開されている)ということを証明した。
さらに社会主義文献の批判(第三章)は、一九四七年までしかふくんでいないから、いうまでもなく、今日では不十分である。同様に、種々の反政府党にたいする共産主義者の立場についてのべたところ(第四章)は、根本的には今日もなおただしいとしても、その実行においては、政治情勢がまったく一変しているし、歴史の発展がそこにあげた諸党派の大部分を一掃してしまったということだけでも、いまではもう時代おくれになっている。
けれども、との『宣言』は歴史的な文書であって、われわれにはもうそれを変更する権利がな
い。版をあらためるさいには、おそらく、一九四七年から今日までの開きをうめるような序文をそえて出版されるであろう。今回の新版は、あまりにも思いがけなかったので、その余裕がなかった。
カール・マルクス
フリードリヒ・エンゲルス
ロンドン
一八七二年六月二十四日
一八八三年のドイツ語版序文
この版の序文は、悲しいことに、私ひとりで署名しなければならない。 ヨーロッパとアメリカ
の全労働者階級が、他のだれからよりも多くのおかげをこうむっている人――そのマルクスは
いまはハイゲイトの墓地にねむっている。そして、その墓のうえには、もう最初の草がのびている。マルクスが死んでからは、『宣言』の改訂や補足は、いよいよもって問題にならない。それだ9ページ末
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