第7回 共産党宣言 共産主義の原理 マルクス=エンゲルス著 マルルクスレーニン主義研究所訳 国民文庫=大月書店 の学習 18ページから
共産主義者と名のっていた。それは、ただあらけずりの、ただ本能的な、往々いくぶんか粗雑な共産主義であった。しかしそれは、空想的共産主義の二つの体系、フランスではカベ-
の「イカリア」共産主義、ドイツではワイトリングの共産主義をうみだすまでに有力なものであった。
一八四七年には、社会主義はブルジョアの運動を意味し、共産主義は労働者の運動を意味していた。社会主義は、すくなくとも大陸では、サロンにもちだせるものであったが、共産主義は、それとは正反対のものであった。
そしてわれわれは、当時すでに、まったく断固として「労働者の解放は労働者階級自身の行為でなければならない」という意見であったから、二つの名前のいずれをえらぶべきかということには、一瞬も疑問はありえなかった。
そして、それ以後もわれわれは、この名前を拒絶しようなどと考えついたことはない。
「万国のプロレタリア団結せよ!」 いまから四二年まえ、プロレタリア ー トが自身の要求をかかげてあらわれた最初のバリ革命の前夜に、われわれがこのことばを世界にむかってさけんだとき、これにこたえた声はほんのわずかにすぎなかった。
しかし一八六四年九月二十八日には、西ヨーロッパのたいていの国のブロレタリアは、輝かしい思い出をもつ国際労働者協会に団結した。
インタナショナルそのものは、なるほどわずか九年しか生存しなかったけれども、それによってきずかれた万国のプロレタリアの永遠の同盟は、いまもなお生きており、しかもかつてなかったほど力づよく生きている。
きょうとそは、なによりその証拠である。なぜなら、私がこの文章を書いているきょう、ヨーロッパとアメリカのプロレタリア ートは、はじめて動員されたその兵力、一つの軍隊として、一つの旗のもとに、一つの当面の目標―すでに一八六六年にインダナショナルのジュネーヴ大会で宣言され、さらに一八八九年のパリの労働者大会でふたたび宣言された、八時間標準労働日を法律で確立するととーのために動員された兵力の閲兵をおこなっているからである。
そしてきょうの光景は、万国のプロレタリアが今日実際に団結しているこ
とを、すべての国の資本家と地主とにしらせるであろう。
ああ、マルクスがいまもなお私とともにあって、とれを自分の目で見ることができたなら!
F・エンゲルス
ロンドン 一八九0年五月一日
一八九二年のポーランド語版序文
共産党宣言
『共産党宣言』の新しいポーランド語版が必要になったことは、いろいろと考えさせるものが党ある。
『宣言』は、最近ではある程度までヨーロッパ大陸の大工業の発展の指標となっていることを、なによりもまず注意しなければならない。
ある国で大工業が発展するにつれて、その国の労働者のあいだには、有産者階級にたいする労働者階級としての自分の立場をめきらかにしようとする要求が強まり、労働者の間に社会主義運動が広がり、『宣言』対する需要が増加する。20ページ2行目
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